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映画『オール・アイズ・オン・ミー』公開記念2PAC命日特別イベントでZeebra & Kダブシャインが登場!  [2017年09月15日]
1996年9月13日、25歳の若さでこの世を去った音楽界のレジェンド2PAC。
その21年後の2017年9月13日、都内で映画『オール・アイズ・オン・ミー』公開記念2PAC命日特別イベントが開催された。
 
このイベントでは、1996年当時からジャパニーズヒップホップ業界の第一線で活躍していたZeebraとKダブシャインがトークショーのゲストとして参加。2PACが音楽シーンで活躍し始めた頃の話や日本に来日した時のエピソードなどを笑いを絡めて話してくれた。
 
1996年と言えば、映画にも出てくるがBad Boyレコードのノトーリアス・B.I.G.が東海岸を代表するアーティストとして日本でも知られ、また同レーベルからR&Bグループの112も一躍トップスターの仲間入りを果たしていた。当時の西海岸のDeath Rowレコードと東海岸のBad Boyレコードのビーフ合戦は、日本のヒップホップフリークにも影響を与え、当時の日本のB-BOYたちは「西海岸と東海岸どっちが好き?」という質問でヒップホップの音楽感を探りあっていた感があった。1996年日本では、今や伝説と語り継がれる「さんピンcamp」が行われた。また、今回のトークショーに参加したZeebraとKダブシャインのグループ・キングギドラのミニアルバム『影』もこの年に発売されている。1996年はアメリカも日本でもヒップホップが、エナジー溢れるシーンとして音楽業界全体に多大な影響を及ぼした年と言っても過言じゃないだろう。
 
 
トークショー終盤に、「オリジナリティーが大切。歴史を知ることが大事。知れば知るほどフリースタイルでも活かせる」とKダブシャインがラッパーを目指す若者たちにメッセージを語った。またZeebraも「時代背景を知った方が、その曲やアーティストが理解できたりする。アーティストで飯を食うんだったら人より勉強しなきゃいけない」と若いラッパーにエールを送った。
 
 
 
 2017年12月29日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー 
『オール・アイズ・オン・ミー』
★STORY
2PACはニューヨークのスラムで生まれ育ち、ブラック・パンサー党員の母に連れられ住まいを転々としていたため、あまり周りに馴染めない辛い幼少期を送る。役者に憧れた彼は、12歳でハーレムの劇団に入団し舞台に立つ。1986年、一家でボルチモアに移り住んだ2PACはボルチモア芸術学校に入学し、そのころからラップに没頭して数々の詩を書き始める。17歳でカリフォルニアに移り住むころには母親がドラック中毒となっており、家庭はひどい有様と化していた。そんななかラッパーになる夢を追い続けた彼は、1991年、アルバム『2Pacalypse Now』でソロデビューする。2PACは着々と名を上げていくが、レコーディングに訪れていたスタジオで強盗に遭い、銃弾5発を受ける。一命を取り留めるが、この事件を仕組んだのは同じスタジオにいたショーン“パフィ”コムズとノートリアスB.I.G.だと思い込むようになる。西海岸のヒップホップ・レーベルDeath Rowレコードに所属する2PACは、東海岸のBad Boyレコードのショーン“パフィ”コムズやノートリアスB.I.G.をことあるごとに非難し、ヒップホップ界史上最悪の東西抗争が勃発する。1996年9月7日、ラスベガスでついに2PACは銃撃され、その6日後の9月13日に25歳の若さでこの世を去る。
Comment(0) | Posted at 03:13

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