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世界を目指すダンサー必見のダンスコミュニティーサイトFunkportLAが始動!アメリカ在住、発起人であるNAMIに直撃インタビュー!

10代から日本でダンサーとして活動を始め、様々な経験を積んできたNAMI。2011年からLAを拠点にし更に充実したダンスライフを送ってきた彼女が、今年立ち上げたダンスコミュニティーサイトFunkportLA。9月に始動し、第一弾としてFunkportLAのYouTubeチャンネルに登場したのは、ハリウッドの有名振付師Chuck Maldonado。日本語(翻訳字幕)でアップされた貴重なインタビューは必見。

この注目のサイトを立ち上げたNAMIに、FunkportLAの話はもちろん、彼女自身のダンスヒストリーから、エンターテイメントの本場LAでどのようにダンサーとして身を立ててきたかなどを語ってもらった。

がむしゃらにオーディションを受けまくり、ショーに出たり振付たり、コネクション作りに励んでいました

Q、ダンスを始めた経緯をお教えてください。
4歳から小学6年生まで、割と本格的に器械体操をやっていたり、母親が日本舞踊家なので、小さい頃から踊らされていたり。小学6年生の時、学校であった劇の会で、「夢を信じて」というコーラスラインをモチーフにしたダンサーの劇で準主役をやり、ニュージャックもどきを踊ったり。少年隊のプレゾンのミュージカルを観に行き、舞台の上に立ちたいと思って、親に内緒でアニーのオーディションに申し込もうとしたり。ダンス甲子園に影響を受けたり。そんな小学生だった私が満を持して、中学1年生、12歳の頃、学校でダンス部に入り、ダンス部の友人と一緒に、下北沢にあった奈津ジャズダンススタジオに通い始めたのが私の原点。1992年ですね。その友人がダンススタジオに来なくなっても、マセガキだった私は、周りが大人の中に自分一人だけ中学生という環境が楽しくて、通い続け、スタジオの発表会に出たり、年上の姉さん方とチームを組んで踊ったり、学校の部活以上に活動していました。

Q、ダンサーを職業としたきっかけになる出来事を教えてください。
まず、意識としては、私がまだ中学2年生の頃、1番上は一回り上の、通っているスタジオが一緒の年上の姉さん達に誘ってもらい、チームを組みました。最初の頃は、スチューデントダンスコンサートという、劇場でデイタイムに行われる合同発表会に出演する事から始まったのですが、段々と活動の場が、今でいうクラブ、当時のディスコだったり、と広がっていき、親に内緒でやったバックダンサーのお仕事を受けたのは中学3年生の頃。最初はチケットのキックバックの500円から始まり、ダンスでお金をいただく様になったその頃から、生意気にプロ意識は高く、既に自分はダンサー、って思っていました。当時、ダンススタジオのレッスンに通う、”お稽古事”としては、親も公認だったのですが、高校生になり、同年代との活動も並行して始め、”深夜のクラブ活動”イベントへの出演。ましてやイベントスタッフを始めたり、親に隠れての活動も増え、めっちゃ心配をかけた高校生時代でした。なので、両親に、やる事はやってるぞ、と認めてもらう為に、高校3年生の半年間ダンスはお休みし、ガッツリ受験勉強して、第一志望だった上智大学に現役合格しました。当時珍しく、ストリートダンサーとスタジオダンサーの真ん中にいて、高校生の時からダンススタジオのクラスのアシスタントをやらせてもらったり、屋外で友人に教えたり、大学に入ってからは、レンタルスタジオで個人のスクールも始めていて、先輩方の代行、めっちゃやらせてもらいましたね。当時都内のダンススタジオで教えた事ない場所はない位。大学時代は、ダンスサークルG-Splashでも活動しつつ、イベントFunkportのオーガナイズやら、Beatnik Studioで私の師匠、川崎悦子先生のアシスタントをやらせてもらったり、雑誌のダンスイベントのライターをしたり、何足もの草鞋を履き、そんな中、大学3年間のうちに単位を全てとりきって、大学4年の時、フルタイムでダンサーの生活をしていました。ダンススタジオでレギュラーの教えも何本かもたせてもらっていて、就活も、ちょろっと経験と思ってやってはみたのですが、既に当時、ダンスで食べていけるだけは稼げていたので、就職しない道を選びました。

トライするなら今しかないと思い、2011年に渡米

Q、LAに移住した理由を教えてください。
18歳位から、LAやNYに旅行でレッスンを受けにはちょこちょこ行っていたのですが、教えやアシスタントをメインに生活していたのと、イベントのオーガナイズをワンマンでやっていたのを言い訳になかなか思い切れず、ビザなしで3ヶ月行ったのが2006年。がむしゃらにオーディションを受けまくり、ショーに出たり振付たり、コネクション作りに励んでいましたが、まぁ、奇跡は起こらず帰国。30歳を過ぎて、どんどんプレイヤーとしての仕事が減る中、その3ヶ月のLA生活の時に一緒に踊っていたダンサーが、ビヨンセのダンサーやマドンナの振付師になっていて、自分もトライするなら今しかないと思い、2011年に渡米しました。

Q、LAに住み始めた頃に関して、どのような生活を送っていましたか?
2012年にアーティストビザがおりるまでは、学生ビザで語学学校にも通い、ダンススタジオでレッスンを受け、North Hollywoodのダンサーがよく集まるイベントに毎週のように顔を出して踊って、日本だったら引き受けないようなプロジェクトにも多数参加し、行けるオーディションにはほぼ行き、ルームメイトがいるお家に住み、20代のダンサーに囲まれた生活をしていました。一から出直し、みたいな生活でしたね。

Q、LAでは、どのようにダンスコネクションを作っていったのですか?
幸いに、日本で一緒に踊ったことのあるダンサーが振り付ける作品に出してもらったり、2006年の時に沢山知り合った駆け出しダンサーが今ではバリバリ活躍していたり、知り合いは割と多かったのです。でも、実際のプロジェクトなんかはやはり、その人のクラスを受け続けた後に、みたいなことが多かった気がします。後は、今週末の本番でダンサーが1人足りない、みたいな急なものでも対応していったり。2、3回のリハだけで本番みたいなのもくまなく引き受け、LAあるあるなのかも。

今まで長らくどっぷり浸かってきたダンスシーンでの経験を活かして、何か出来る事、若い世代の世界を目指すダンサー達に役に立つ事はないか

Q、LAでは、どのようにダンスの仕事を得ていったかを教えてもらえますか?
仕事となると、またこれは別で、やっぱりちゃんとエージェントが決まって、アーティストビザがおりて、エージェントから送られてくるオーディションにくまなく行って、っていう生活をしてからようやく仕事が出来るようになりましたね。受けたオーディションに受かっての仕事という訳ではなくても、オーディションで顔を合わせるダンサーからだったり。どんなものでも大抵キャスティングかオーディションがあるのが普通なので。

Q、出産結婚を機に、ラスベガスに移住されたそうですが、ラスベガスではどのような生活をしているのかを教えてください。
2017年に娘を出産し、ラスベガスに移ってきて2018年に半年位、Millennium Dance Complexで、JazzFunkを教えていました。息子を妊娠時に一旦休止し、2019年に息子が生まれ、その後は新型コロナの影響もあり、ほぼワンオペでStayhomeで2人育児中です。めっちゃ手のかかる1歳児と3歳児と、FunkportLAの活動の両立を模索中です。

Q、FunkportLAを始めた理由と、どのようなものなのかを教えてもらえますか?
私個人的には、二児のママとなり、環境が変わり、育児中心の生活になっていたのですが、私自身のライフワークとして、今まで長らくどっぷり浸かってきたダンスシーンでの経験を活かして、何か出来る事、若い世代の世界を目指すダンサー達に役に立つ事はないかなー、とWEBサイト立ち上げを昨年末辺りから模索していました。その中でこの新型コロナのパンデミックがおこり、バーチャルインタビューをYouTubeで発信していくスタイルを思いつき、先ずはやってみる!のが大事かな、と。ゆくゆくはWEBサイトとして、1つのダンサーコミュニティーの様なものになってくれたら良いな、と思っています。

新しい世代の夢を応援する架け橋にしていきたい

Q、FunkportLAのTEAM(パートナー)であるMAKIさんとAKARIさんとの出会いとFunkportLAの関わりを教えてください。
もともとMAKIちゃんとは一緒に踊ってもらった事もあり、プライベートでも仲良くさせてもらったりしていて、歳は離れていても、信頼できる存在だったので、誘いました。そして、今の若い世代観もカバー出来たら良いな、とMAKIちゃんに相談して、もう一つ若い世代のAKARIちゃんをスカウトしました。2人ともダンサー、パフォーマーとしてバリバリの現役なので、無理無い範囲で両立してもらっています。

Q、FunkportLAは、今後どのように展開していくかを教えてください。
まずは、インタビュー動画がメインで進んでいく予定ですが、予測が難しい昨今のダンスシーン。柔軟に多方面で発信していけたら、と思っています。自分が1999年からオーガナイズをしていたイベントが”Funkport “と言います。Funkyな人達が集まる空間、エリア、港町。当時は、実際共有する同じ空間で目指した、そんなコミュニティーを、今度はバーチャルで、更にLAというエンターテイメントのキャピタルを目指して、私が辿ったからこそ創れる、そんな新しい世代の夢を応援する架け橋にしていきたいです。

バイタリティー溢れるNAMIが創造するFunkportLA。「思い入れや熱いものはあれど、まだまだ試行錯誤中。日本に住んでいても、アメリカに住んでいても私の知り合いでも面識がなくても、ダンサーでもそうでなくても、関わりたい方はどんどんコメントや連絡お待ちしております!」と話していた彼女。NAMIがダンサーとして活動を始めた1990年代は、ダンススタジオやクラブなどのダンスが行われる現場に行き、コネクションを作り、自己プロデュースをして活動するダンサーが多かった。現在では、オンラインでもコネクションを作ることが可能である。門とは開かれた。FunkportLAで世界と繋がり、自らチャンスを作り出そう!Make it happen!

NAMI Profile

日本
【STAGE】
■1998~川崎悦子プロデュース “LOVE CHAIN”“MIRROR”“MIRROR 2”
■2006 劇団新感線・新感染 『朧の森に棲む鬼』(主演:市川染五郎) 出演
■2008 劇団新感線 RX 『五右衛門ロック』(主演:古田新太) 出演
■2009 劇団新感線いのうえ歌舞伎 『蛮幽鬼』(主演:上川隆也) 出演
■2011・2012 ジャニーズミュージカル 『新春滝沢革命』(主演:滝沢秀明) 振付助手
■2011・2013 ジャニーズミュージカル 『Endless SHOCK』(主演:堂本光一) 振付助手
【LIVE】
■1994 大江千里ライブ バックダンサー
■1994.96 TUBE 夏ライブ バックダンサー
■1998.99 TRF ライブ サポートダンサー
■2006 Melody. “Be as one”3大都市ツアー・学園祭ツアー ダンサー
■2010 TOMI “Back Street Boys Tour 神戸/名古屋” -front act- 振付・ダンサー
【PV】
■2000 Dragon Ash「summer tribe」 ダンサー
■2006 ロードオブメジャー「さらば碧き面影」振付
【EVENT】
■1999-2004 HIPHOP DANCE EVENT “Funkport”@六本木 VIETTI/CORE オーガナイザー
【TV】
■1999 TV 東京 “RAVE2001” 3rd stage Weekly Champ
【その他】
■1996~ (株)KONAMI ゲーム機”BEAT MANIA1st-5th” 録画原盤提供
■2007 (株)ニューギン パチンコ CR “GO!GO!郷II” 郷ひろみ氏ダンス指導

アメリカ
【MUSIC VIDEO】
■2015 JOJO “When Love Hurts” ダンサー
■2015 Alex Metrix “Drum Machine” 出演
■2013 Falling in Reverse “Bad Girls Club” ダンサー
■2012 Sahyba “Marco Polo” 振付助手・ダンサー
■2012 Kary Sit “Mr Boy” 振付
■2011 JACOB LATIMORE “ Nothing On Me” 出演
■2011 BABY BASH feat. SLIM THUG “SWANANANANA” 出演
■2006 TRINITI—“Any Weh U like it” 出演
【Commercial】
■2015 Samsung “Smart Switch” 出演
■2014 UE BOOM “What is Motion” Web Commercial 出演
【Short Film】
■2011 AFI Short Film “BROOM & ROSES” 出演
【LIVE: Back Dancer】
■2016 Zayn (iHeartRadio Award / Choreo: Kennis/Free Boogie)
■2011-12 Sahyba (Knock out entertainment artist / Choreo: Roro)
■2012 Destenee (Choreo:SWOOP)
【Stage】
■2013/2014/2015 E Plus LasVegas NewYear Eve Show at Aria Hotel プリンシパルダンサー出演
■2014/2016 Choreographer’s ball “CARNIVAL” 振付・ダンサー
■2014 8th wonder Choreographer show case 振付・ダンサー
■2012 LA Fashion Week “Fashion Minga ” Opening 振付・ダンサー

過去レギュラーダンス講師実績
日本 東京ダンス&アクターズ専門学校/NOA ダンスアカデミー/IDA 町田校 /BEASTAR 渋谷校/STUDIO Turns/STUDIO55 等
アメリカ Boogiezone Utopia (LA) / Millenium Dance Complex (Las Vegas)

NAMI Instagram @funkport

FunkportLA Instagram @funkportla

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